旅、ときどきネコ

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個人旅行、一人旅大好き。デジタル一眼レフによる旅先の思い出を中心に時々ネコの写真です。09年11月から半年間はドイツ滞在記をupしていました。

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少し不思議(SF)な話

うちの母は少々変わったひとです。自称霊感があるとかで、「おばあちゃんがこないだ○○って言ってた」(祖母は既に亡くなっています)「××の前世は大正時代から昭和初期頃にええとこのお嬢様だったみたい」といったことを普通に口にします。ちなみに、わたしの前世は「ちょろちょろしたメスのネズミ。長~いテーブルのある、暗いお城みたいなところでご馳走をちょろまかそうとしている姿が見える」そうです。もうちょっとマシな前世はないのか...。父は「オランダかフランスの馬。重そうな荷物を引っ張っているし、サラブレッドとかじゃないみたい。飼い主のおじいさんによう可愛がられていた」とか。なぜ動物から人間へ? でも、逆パターンもあるようで、うちのムサシネコは「この子、わたしの弟だったわ」とのこと。母の弟、つまりわたしの叔父は早産のため生後すぐに亡くなってしまいました。

反対に、わたしには全く霊感がありません。本当に、全く、これっぽっちも。そんなわたしが、伏見稲荷神社に行ったときのお話です。

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「今度の週末、どこか行きたい?」「行きたいところ、行きたいところ...。あ、伏見稲荷! 以前京都に住んだことがあったのに、一度も行ったことないんですよねえ。あの鳥居がズラーっと並んでいる姿が一度見てみたい! そういえば伏見稲荷って外国の観光客にも人気だそうですよ。日本人にもあの赤い鳥居の行列はインパクトがあるけど、外国の方も相当驚かれるみたいで。写真にも撮り甲斐がありそうだし、暑いだろうけど行きませんか?」
ということで、ある夏に伏見稲荷に出かけることに。JRの駅を降りたら目の前にすぐ神社ですし、アクセス良好な場所です。

「おー、本当に鳥居だらけ!」「小さい鳥居まで入れたらいくつあるんでしょうねえ?」「狛犬ならぬ狛狐、それぞれ顔が違いますねー。凛々しいのも可愛いのもあるー」と、楽しく写真をバシャバシャ撮りながら歩くわたしに、Tさんも相槌をうったりコメントをしたり、普通に応対していました。が、気づくと妙にしんどそう。
「結構坂きついなあ」「めっちゃ汗かいてきた」「足が重いかも」
あれ? 運動不足? 普段これだけ怠惰な生活をしているわたしが元気なのに、なんでそんなにしんどそうなんだろう。意外に体力ないんやなあ。学生時代スポーツしてたし今でもそこそこって言ってたのになあ。
「せっかくだから山の上まで行きます?引き返す?」「...せやなあ。せっかくやし行こか」と、とりあえず上へ向かって歩いたもののだんだん無言に。あとから振り返るとなーんか変な様子だったのですが、カメラを構えたわたしは被写体以外目に入りません。カシャリ。パシャリ。気にせず、写真を撮り続けました。

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で、伏見稲荷からしばらくたったある日。
「いやー、今だから言えるけど、あの日はめっちゃやばかったわ」「あの日ってどの日ですか?」「伏見稲荷の日」えっ? なんのこと?
「なんか途中から足が異常に重くなってきて、体力が吸い取られるみたいな感じがした。○○の辺りが一番やばかったなあ。あそこを通りすぎたら、急にまた身体が軽くなってきたけど」......。そういえば、途中から急に歩くのが早くなってた!
「あんだけやばかったのは佐賀に行ったとき以来かもしれんなあ。何も知らずに行ったんやけど、北波多村ってところが実はその筋では有名な場所らしくて」ちょっとちょっと、Tさん、いわゆる霊感が強いひと? 何か見えるひとなの? 以前からそういうことがよくあるの??
「いや、そんなんないよ。ただちょっと気持ちが悪かったり、変だなと思ったり、近寄りたくないと思うだけ」そういうのを感じるひとを霊感があるひとと世で呼ぶのでは?
「いや、ほんまに霊感って呼ぶほどじゃないって。あれだけやばかったら普通誰でも感じるよ」......。何も感じずに写真を楽しくバシャバシャ撮ってたわたしの立場はどうなんねん!普通ちゃうんか!
「うーん、猫島さんの場合、虫よけスプレーちゃうけど、悪いものが近寄ってこれない何かを発してるんじゃない? だから自分が気づかなくても向こうが避けてくれるから、大丈夫なんだよ。僕の場合、そういうバリアがないから気づくんだよ、きっと。自己防衛本能みたいなもんでさ」うむむ、わかるような、わからないような。

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さらに後日。
「......ってことがあってさー。Tさん、見た目がお坊さんっぽいけど中身もそれっぽいよねー。はははー。あ、そのときの写真、見る?」と母と話していました。
「気分が悪くなったのって、ここでしょう」と母はある写真を見て指摘しました。......。たしかに、この写真の前後です。なんで知ってるの?
「このあたりに何かいるわ」ま、マジっすか? 示し合わせたとも思えないのに、霊感がありそうなひとが二人とも同じようなことを言うだなんて...。

その後も、Tさんと神社仏閣に行くと不思議なことがありました。鞍馬寺に行ったときには、肉眼ではなかったのにシャッターを切ると何故か光が差し込んだ写真が撮れたり。
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こんな光、肉眼では決して見えなかったんですが...。
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「ええっ!? 今のな、何??」そう思ってシャッターを切り直したら光は消えていました。

先日宮島に行ったときはこの鳥居の中に入りたくないような気がすると言われたり。
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一緒に写真を撮ったら、一人だけ白っぽい光(オーラ?)に包まれていたり。…顔が写っているため、さすがにブログには掲載できませんが。

霊感ってあるんですか? この世のものならざらぬ、エネルギーとかオーラとか、霊っているんですか? 心霊スポットと呼ばれる場所には何があるの? 自分が何も感じないせいか、信じてよいのか担がれているのか、いまいち解釈に困っています。
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by monisha | 2014-07-30 23:01 | Odds & ends

さくさくのワッフル

千光寺ロープウェイで山頂駅から山麓駅まで急ぎ足で降りたところ、約xx分。湿度が低いとはいえ七月ですし、たっぷり汗をかき、下り坂のため足はガクガクです。

「商店街の中を通って駅まで行く途中にどこか寄ってもいいけど、ここ入ってみいひん? なーんか、美味しそうな気配が漂ってる。そろそろ休憩したいし」
「せやなあ、商店街の中にいいお店があるとも限らへんしなあ」
ロープウエイの駅の真正面、どう考えても観光客向きのお店のような...という気もしましたが、なーんか美味しそうな外観に惹かれ、入ってみました。
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中に入ると、レトロでなかなかいい感じ。迷いましたが、レモンソーダとライムスカッシュ、ワッフルのアイスクリーム添えを注文しました。注文後、すぐにワッフルが届きます。テーブルに来たばかりの湯気をたてたワッフルにナイフを入れると、サクっ。肉厚やしっとりではなく、表面はさっくり中はふわっと。凝りすぎてなく、シンプル。初めて食べるのにどこか懐かしい。自家製ワッフルを洗練させたような...との印象を受けました。一皿に二切れだったのでお皿をもらって分けましたが、尾道ラーメンとから揚げとご飯でお腹いっぱいだったはずの同行者は「これはあっさり入るなー」とバクバクあっという間に食べてしまいました。
バニラアイスはかなりあっさりめ。乳脂肪分がそれほど高くなさそう。これまた、シンプルな味わいです。
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ジュースもなかなか。果物を本当に絞って作ったんだなあ、とわかる味です。疲れた体には甘さと冷たさと炭酸のしゅわしゅわが、ことさら美味しく感じます。わたしはレモンソーダの方が甘いように感じたけど、Tさんはライムスカッシュの方を甘く感じたそうで。うーむ、味覚って本当に人それぞれですね。
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何も考えずに入ったお店でしたが、あとで調べると各種ガイドブックに載っている有名店だった模様。間違えのないくらいわかりやすい場所にありますし、山で疲れたあとにはこちらで一服休憩はいかがでしょうか。


茶房こもん

〒722-0046
尾道市長江1丁目2-2 ロープウェイ乗り場前
カフェAM 9:00 ~PM 7:00 (ラストオーダーPM18:30)
定休日は毎週火曜日。 祝祭日の場合は営業。3月・8月は無休。
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by monisha | 2014-07-23 00:27 | 国内小旅行

ネコの尾道

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石の階段は涼しいにゃ。

尾道に行って一番したかったのは、ネコの写真を撮ること。尾道といえば、坂とネコでしょう!ネコネコネコネコ......頭はそれだけでいっぱいでした。

尾道駅からバスで三分、長江口からロープウェイで山頂まで登ると、結構な急傾斜です。ロープウェイに同乗してたおっちゃんらは「なんや、15分に一本しかないんかぁ!これだったら自分で登った方が早いんちゃうかぁ?」とか言ってましたが、どう考えてもロープウェイに乗った方が早いと思います...。

ロープウェイに上がるエレベーターの中にもネコの絵が。駅員さんの手作り?
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山頂の展望台で瀬戸内海としまなみ海道を見下ろした後は、下山。文学のこみちを通って千光寺方面へ行くと。
「あ、発見」「ええっ?どこどこ!?」
最近、わたしのネコ探知レーダーが弱っているのか、Tさんのレーダーが優れているのか、一緒にいるとTさんの方がネコを先にみつけることが多く、正直時々おもしろくない気分になります。ネコ好きだったら仕方ないと思えるのですが、犬の方が好きだって言ってるひとに負けると悔しいんですよねぇ。

個性的な柄のニャンコさん。
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このミケちゃんはなかなかの別嬪さん。
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別嬪さんは肉球までかわいい。
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茶トラ二匹はじゃれあっていました。本格的なケンカになる前に離れましたが。
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よーく見ると、ベンチの下に黒ネコが。
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のびのびーと、爆睡中。坂とお寺とネコ! これぞ尾道?
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天寧寺を少し下ると、そこからは猫の細道。しかーし。福石猫はたくさんあるものの、本物のネコさんには全く会いません。
「せっかくやから猫の細道に本物にいてほしかったなあ」
いやいや、甘いよTさん。人間の思惑どおりにならへんからこそ、ネコやねん。

レンタカーの返却時間が気になっていたため、急ぎ足で降りたところ山頂駅から元の山麓駅までxx分ほどでした。遭遇したネコは全6匹。尾道基準では、多いのか少ないのか。駆け足でしたが、ネコ好きとしては心満たされるひとときでした。

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尾道でまず最初に遭遇した動物は、実はネコではなく犬でした…。山頂の展望台でパチリ。

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by monisha | 2014-07-22 23:05 | 国内小旅行

夜の厳島神社

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一泊二日の広島旅行に行ってきました。JRの提供する「レール&レンタカー」を使い、新幹線で目的地周辺に行き、そこからはレンタカーでまわるという旅行です。わたしは免許を持っているものの、人に説明するときは「一応ですけどねー」「身分証明書以外の目的で使ったことないですけどねー」と必ず言い訳をしてしまうレベル。我ながら、なぜ免許をとれたのか不思議です。六甲アイランドなんて車道が広いし車は少ないし、あそこで教習を受けても実地には役立たないような。そのような運転できないひとが言ってもあまり説得力はありませんが、レール&レンタカー、なかなか便利なシステムです。目的地周辺までは新幹線や特急を使うことで時間とドライバーのエネルギーをセーブできるし、車を使ったら小回りがきくし。旅行好きの父に教えてもらって初めて利用しましたが、お勧めです。

初日は、
新幹線で福山着⇒駅でレンタカー⇒広島でお好み焼き&ネギ焼⇒宮島口に駐車⇒フェリーで宮島⇒宮島の旅館で一泊
二日目は、
徒歩で宮島観光⇒フェリーで宮島口⇒再び車に乗って尾道へ⇒ラーメンと徒歩で尾道観光⇒福山駅にレンタカー返却⇒福山から新幹線で帰宅

...という流れでした。福山から広島まで車での移動時間が意外と長く、観光時間が思っていたより短くなってしまいましたが、全体的満足な旅。直前までバタバタと家のことも仕事も忙しく、自分では旅行の計画をなーんにも手伝わなかったのに、勝手に準備してくれたTさんに感謝です。

旅行に行くと、ほぼ毎回同行者に「今回の旅行で何が一番よかった? 印象に残ったのは?」と質問してしまいます。一致したら「やっぱりそうなんやー」となりますし、違っても「なるほどねー、そうきたか!」「ええっ?意外!なんでなんで?」となっていずれにせよ話がふくらむので、ついつい。
で、今回も聞きました。
「厳島神社の夜景やなー」「わたしも!」...一致です。

宮島に着いたのは、初日の18時過ぎ。最寄り駅の駅員さんが「レール&レンタカー」に慣れていなくてなかなかチケットが発券してもらえなかったこと、予想が甘くて福山から広島までの移動時間に思ったより費やしたこと、広島市内で車の駐車になかなか苦労したことなどが原因です。初日に思いっきり宮島観光をして、翌日には早めに尾道へ移動するつもりだったため、少々がっかりでした。旅館の食事は一番遅くて19時スタートのため、今日はほとんど観光できそうにありません。

「夜には神社がライトアップされてきれいですから、是非食後に散歩に行かれてください」仲居さんがそう教えてくれたのですが、鳥居以外見るものがあるのかなあ、とあまりテンションは上がってきません。でも、温泉にだけ入って寝ちゃうのももったいないし、せっかくだから行ってみようか。軽い気持ちで出発しました。

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すると、旅館を出た直後から急にテンションが! 暗い中、あたりを照らす灯りがきれい! 日本的やなあ。荷物が重くなっちゃうけど「あのときあのレンズを何故もっていなかったんだろう…ああ゙」となりたないなあ、と頑張って持ってきたSummilux 25mm F1.4が大活躍です。

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そして、神社の方へ向かうと提灯に照らされた回廊が幻想的。暗い中に提灯のオレンジの光と神社の朱色の柱。映画のような光景です。

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あいにくこの日の空は曇り気味。夕焼けもかすんでしまってあまり見えませんでした。
「これで、月が出てくれたらいうことないんやけどなあ」「そんな上手いこといかへんって。雨が降ってへんだけまだいい方やん?」
…と言ってたら、出た出た月が。まあるいまあるい、お盆のようなお月さま。
管絃際を翌日に控えていたためか、船がすぐ近くに停泊しています。色鮮やかで華やか~。
月と神社と船。たまらない組み合わせです。

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もちろん、ライトアップされた大鳥居も存在感抜群です。

気づいたら、一時間半の散歩になっていました。浴衣だけで歩ける心地よい気温、湿度が低く時々吹く風の爽やかさ。目の前に広がる美しい光景。結構歩いたし、立ちっぱなしだし、脚は重たくなったけど充実した時間でした。予定通り日中たっぷり観光していたら、夕食後には疲れて眠たくなってしあい、散策どころではなかったかも。…そう思うと、災い転じて福となすというか、このスケジュールでラッキーでした。ほぼ満月も見られたし。
旅館の温泉にゆっくりつかり、部屋でほっと一息。メールを確認する必要もなく、ご飯の準備や後片付けも不要。贅沢な時間でした。

どこまでがお祭りのための準備で、どこまでが普段からのライトアップの範疇なのかよくわかりませんが、宮島にお越しの際は是非島内で一泊して、ライトアップ見学へ。お勧めです。
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by monisha | 2014-07-16 22:01 | 国内小旅行
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以前、映画『ファーストポジション』に出演していたダンサーの卵たちが、その後どのような道を歩んでいるのか調べてまとめたことがあります。わたしに限らず、あの映画を見ると誰もが「あの子、その後どうなったんだろう?」と気になるのか、結構な数の方が検索でその記事に辿り着かれるようです。
多くの方が検索の際に子どもたちの名前を入れています。「○○ その後 ファーストポジション」といった具合に。実際にカウントしたわけではありませんが、感覚的統計ですと揺るぎなき一位がミコ。かーなり差は開いていますが、二位はアラン。三位はジョアン。反対に、レベッカ、ミケーラ、ガヤの名前で検索される方はほとんどいません。ミコちゃんはお母さんが日本人のため親しみを覚えた方が多いのか、映画の中でもインパクトがあったためか、どちらかじゃないかなあと勝手に思っています。

前回記事を書いたのは昨年2013年の1月のことでしたが、一年半後の今、さらにあの子たちはどうなっているのか。映画が公開されたときのメディア向けプレスキットがウェブ上にupされているのを見つけたのと、ググると新しい情報が更にありましたので、子どもたちのその後をアップデートしました。

Aran Bell (アラン・ベル)
1998年10月7日生まれ。
2002年頃、4歳のときにワシントン州でバレエを始める。
父の東海岸への転勤に伴い、フィラデルフィアのCentral Pennsylvania Youth Balletに転校。
海軍の医師である父のナポリ近郊の基地への転勤に伴い、イタリアへ引越し。2009年にローマでバレエ学校を主宰するデニス・ガニオ(パリのオペラ座のエトワール、マチュー・ガニオの父。ローラン・プティが芸術監督を務めたマルセイユバレエの元プリンシパル)に出会い、師事を受ける。
ロイヤルバレエやアメリカンバレエシアターの夏季講習にも参加。
ユースアメリカグランプリでは2009年にPre-competitive age divisionでHope Award、2010年(映画で取り上げられた回)もPre-competitive age divisionでHope Award、続く2011年にはJunior age divisionでYouth Grand Prixと毎回優秀な成績を残している。
その他にも、ヨーロッパの多くのコンクールで優勝、ヨーロッパやアメリカの多くの都市でガラ公演に出演など、14歳にして既に輝かしい経歴の持ち主。
2013年の10月には、ABTのソリストCraig Salsteinの主宰する新ユニットIntermezzoに参加し、ニューヨークでの舞台に出演していたようです。

ローザンヌに参加できるのが15歳からということを思うと、もし出場するとしたら最短で2014年1月の42回大会かなあと思っています。が、今年の出場者の中にアランの名前はありませんでした。そして、多くのバレエ学校から奨学金込みの入学許可が届いているようなのに、どこかに入学した形跡が今のところ見つかりません。どこのカンパニーを今後目指すんでしょうか?映画の中でバレエについて語っているときは特に、年齢より大人びた印象を残したアラン。健やかな成長を祈っています。
Dance Spirit Magazine "Aran Bell"
New York Times "For Starters, Unmasking Subtleties in Verdi"
http://intermezzodancecompany.org/home-page/

7/14、naomi様からご指摘を受けて修正しました。
2014年のジャクソン国際バレエコンクールでジュニア部門のファイナリストとなり、ABTのスタジオカンパニー所属になったそうです。

Joan Sebastian Zamora (ジョアン・セバスチャン・ザモーラ)
おそらく1993年生まれ。コロンビアのカリ近郊の山間の村出身。
2008年、2006年にABTを引退したばかりのコロンビア出身のダンサー、ファビオ・フラザールにカリのバレエ学校で出会う。フラザールのおかげで、ニューヨークのABTの夏季集中講座に08年、09年と連続参加。
以降、九ヶ月間フィラデルフィアのThe Rock School for Dance Educationで学ぶ。
2010年のYAGPでSenior age divisionの男性部門でSilver Medalを受賞し、憧れのカルロス・アコスタが所属するロイヤルバレエへの留学を9月から果たす。
2013年にアッパースクールを卒業、8月からはイングリッシュ・ナショナル・バレエへの入団が決定。

ロイヤルではなくイングリッシュナショナルというのは本人にとっては不本意な部分がひょっとしたらあるのかもしれませんが、無事プロとしてバレエ団への所属が決まりました!これで家族への仕送りもできますね。(ダンサーのお給料はあまり高くないだろうけれども、イギリスとコロンビアの物価の差を考えると、きっとできますよね?)ちなみに、RBSでは2010年のローザンヌのファイナリストで、現在はロイヤルバレエのアーティストとなったアクリ瑠嘉くんと同級生だったようです。

ナショナルバレエ入団後も活躍は続いています。今年2014年の5月には、同バレエ団で特に優秀な若手ダンサーによる「Emerging Dancer 2014」コンクールに参加。動画がYoutubeにupされています。残念ながら賞はとれませんでしたが。
今後もますますのご活躍をお祈りしています。

http://www.ballet.org.uk/the-company/dancers/joan-sebastian-zamora/
http://www.ballet.org.uk/whats-on/emergingdancer/



Michaela DePrince (ミケーラ・デ・プリンス)
1995年生まれ。紛争で荒れたシエラレオネの孤児院にいたものの、アメリカに養子に来てそこでバレリーナになろうとしている、という経歴がアメリカンドリーム心をくすぐるのか、米国ではその後のミケーラに関する報道が多いようです。
1998年、3歳の時に両親とも亡くし孤児院へ。お父さんは反乱軍の兵士に殺され、お母さんはラッサ熱で病死(お母さんは餓死との記事もあり)。白斑のために孤児院では辛い目にあったものの、1999年に現在の両親であるチャールズ&イレーン・デプリンス家の養女に。デプリンス家は実子2人、養子9人の大家族。
ファーストポジションが公開された後、アメリカで人気のリアリティーショーDancing With the Starsに2012年に4月に出演したことからも人気が出て、道を歩いていると見知らぬ人から声をかけられるほどに。
映画ではニュージャージーに住んでいたものの、現在はニューヨークのアパートに両親と姉妹四人と同居。2012年8月よりダンスシアターオブハーレムの団員として活躍。2013年7月からはアムステルダムに本拠地を置く、オランダ国立バレエのジュニア部門に籍を移す。

11人も子どもがいるだなんて、デプリンス夫妻もすごいなあと思ったら、大変ドラマチックな人生を歩まれていました。実子(英語だと生物学的子、biological childrenといいますが)は息子2人ですが、その後外国から血友病で苦しむ男の子3人を養子に。病気とはいうものの、血液凝固製剤を持ち歩いてアメリカやカナダのあちこちでキャンプをするアクティブな一家でした。が、悲劇が訪れたのは90年代初頭のこと。非加熱製剤によるHIV感染です。93年に末っ子カビーが亡くなると、その九か月後には15歳のマイケルが。そして、テディーも。でも、その後も恵まれない環境にある子どもたちを救いたいという思いが薄れることはなく、ついには11人の両親となったのでした。HIV感染を描いたCry Bloody Murderを発表してからエレーンさんはノンフィクション作家として活動するようになり、現在はミケーラと二人で2014年秋にランダムハウスから発売予定の回想録を準備中です。

ミケーラに関しては記事が非常に多くあり、アメリカでは関心が高いようです。
公式ホームページもあります。

From Sierra Leone to Dance Theater of Harlem: Michaela DePrince Shines As Ballerina
Teen Michaela DePrince goes from war orphan to star ballerina
Limitless Love: A Mother of Eleven Tells Her Extraordinary Tale
Michaela DePrince – Junior Company, Dutch National Ballet

Rebecca Houseknecht (レベッカ・ハウスネット)

プロのバレエダンサーの道を断念したため、現在ではほとんど報道はありません。今年からTowson Universityの四回生。Twitterのアカウントをもっていますが、彼のことや最近食べた美味しいもの、家族や友達へのバースデーおめでとうツイートなど、ごくごく普通の大学生として楽しい生活を送っているようです。

Gaya Bommer Yemini (ガヤ・ボマー・イェミニ)

前回、何故かガヤのことを書いていませんでした。

映画が公開された時点ではイスラエル在住。お母さんのNadine Bommerさんはモダンダンスの振付家で、ご自身がダンススクールを主宰しています。お父さんのZib Yeminiさんは、十年以上イスラエル軍のエリート部隊に所属していましたが今は退役し、妻のスクールの事務面をサポートしています。...エリート軍人からダンス学校の事務ってすごい人生ですねえ。ドラマだ。
2011年のYAGP(映画にとりあげられたのは2010年)で、お母さん振り付けによるCartoon Girlでモダンダンスカテゴリーで優勝。そのときに得た奨学金で、モナコのプリンセスグレース・クラシックダンス・アカデミーに留学中。上野水香さんも留学された学校ですね。
これ以上の情報はみつからず...コンクールに参加していればググったら引っかかりそうなものなので、今はモナコでの学校生活に専念しているのかもしれません。

http://www.nadine-animato.co.il/academy/24.htm

ミコちゃんは日本語でも英語でも記事があふれかえっていますので、情報が多すぎてまとめるのが大変...。また時間ができたら。
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by monisha | 2014-07-12 22:24 | 映画

ご挨拶

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クイックサンドという名前のオランダ原産のバラ。実物はもーっと、繊細で綺麗な色です。

リピーターの方はもうほとんどいらっしゃらないような気がしますが、こんにちは、ご無沙汰しております。ブログを一年以上放置してしまいました...。久々すぎて、記事の投稿方法がわからなくなっいたほどです
この12ヶ月間、プライベートでも仕事でも大きな変化があり、大変慌ただしい日々を過ごしておりました。写真を撮る機会も減っていました。でも、ようやくどちらも一段落して心の余裕を若干取り戻しました。
これからは少しずつでも、また写真等upできるようになればと思っています。九月にはギリシャ&トルコへのクルージング旅行が控えていますし!
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。
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by monisha | 2014-07-11 23:21 | Odds & ends